画期的だったのだ。当時
センセーショナルだったのだ!
ジャンボ餃子という響き。
餃子好きの私はこの時を待っていた。
いつも餃子を山のように食べたいと
思っていたから。
大体この時代は
小さな定番の餃子が一皿
6〜7個だった。

何故いま餃子の話題なのかというと
日中仙台のさえさんとひょんな話しから
互いの好きな食べ物とか
全く知らないし、話した事もない
と笑っていたので
私は餃子とピーマンの肉詰めが
大好物だと打ち明けたのだった。

で、話は1980年代に戻そう。
高校生になってアルバイトができるように
なり、冬休みの期間だけ
念願のジャンボ餃子を販売する
お店でアルバイトをしたのだった。
短期募集だったのだが
餃子を帰りにくださいました涙
幸せでした。
シールが残っています。
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ググってみたものの
場所は保育施設になっていた。
余談だが
ドラえもんでのび太が未来の自宅に
行くとそこは公衆便所になっていた。
というオチを思い出してしまった。
そりゃそうよね。ゆうに
30年以上昔の話し。

私はバイト代で原付バイクを
買ったのだった。

生協の九条ネギ餃子を良く買うのだが
沢山入っているのだ。しかも
あっさりしてヘルシー。

ピーマンの肉詰めにしても
餃子にしても
手作りで大量に作り
大量を平らげる。